CD佐藤です。
ブログを書いている現在、東海大相模が無双の強さで、甲子園を沸かせているようです(netの速報でしか見ていないので、沸いてるかどうかは未確認ですが)。
今ではほとんど関心がなくなってしまいましたが、子供の頃は、ビールを飲んで、枝豆を食べながら、グダグダと野球中継を見るのが将来の夢のひとつでした。
小学生の頃は、当時神奈川県大会でドカベンがホームランを打ちまくっていた保土ヶ谷球場のそばに住んでいて、夏になると100円握って高校野球を見に行っていました。
試合後にグラウンドに降りて、当時東海大相模だった原辰徳選手と一緒にストレッチをやったり、横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)の田代選手の家にサインをもらいに行ったり(不在でしたが)、毎日ボールが見えなくなるまで野球に明け暮れる、昭和を象徴する野球少年でした。
少年野球では、どんくさいながらもパワーに物を言わせ、ホームランかエンタイトル2ベース狙いの、走らなくてもいいバッティングを信条としていました。
ライト前でもアウトになっちゃうし、中途半端に塁に出ても足遅すぎてホームに帰ってこれませんから。
中学でも野球をやりたかったのですが、通っていた中学の野球部はヤンキーの巣窟。近づくのも嫌な先輩ばかりだったので、野球は諦め、吹奏楽の道に進むことに。
ちなみにサッカー部は、当時県内で強豪として名を馳せていましたが、ヤンキーが相手チームのキーパーを脅して点を取っていたそうです。それを知ってかしらずか、わざわざサッカーをするために越境入学してきた同級生は、現在浦和レッズの監督をやっています。
中学でも野球を続けていたら、甲子園で桑田・清原と対戦していたかもしれないと思うと、私の可能性のひとつを潰したヤンキーは、憎んでも憎みきれない存在です。
というわけで、中学以降、野球から興味が離れてしまったわけですが、それでもナイターは見ていたし、高校野球も見ていたし、江川や野茂、野村、星野、桑田、清原といった選手たちの、その背景にあるストーリーまでを興味深く楽しんでいたものです。
あっという間に月日は経って、2018年。
プロ野球開幕に合わせて最新データに更新されたということで、プロ野球スピリッツを久々にプレイしてみたのですが、ほとんど知らない選手ばかり。名前は知っていても顔が一致しません。
特に贔屓のチームもなく、「この選手のプレイが見たい!」というピンポイントで見ていたのですが、そんな選手が一人もいなくなってしまったおかげで、すっかり野球音痴になってしまいました。
NPBで唯一興味あるのは、今年の斎藤佑樹はどこまで炎上するかくらい。
野球に対する関心は、開幕スタメンのイチローがどこまで期待に応えてくれるかと、オープン戦までいいところなしの大谷が、本当に通用するのかの2つに絞られてしまいました。
一応地元のベイスターズが優勝争いに絡むようなら、横浜スタジアムに応援しに行きたい気もするのですが、DeNAに課金するのはリアルでもちょっと。。。